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福岡高等裁判所 昭和37年(ラ)54号 決定 1962年5月15日

抗告人 森脇繁美 外二名

相手方 有限会社丸は産業

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの連帯負担とする。

理由

(一)  抗告人らは「原決定を取り消す。福岡地方裁判所が同庁昭和三五年(ヌ)第三〇号不動産強制競売事件につき、同庁昭和三七年(ラ)第一六〇号不動産引渡命令申立事件として、原決定末尾目録の不動産について、同年三月一日附でなした不動産引渡命令を取り消す。相手方の右引渡命令の申立を却下する。」との決定を求め、その理由として

一、債権者倉智等の申立に係る福岡法務局所属公証人楢原義男作成第七九六二三号金銭消費貸借及譲渡使用貸借契約公正証書の執行力ある正本に基づく本件不動産強制競売事件については、その競落許可決定の確定前である昭和三六年八月一五日小野田清が執行債権者倉智等に対し元利金合計二六〇万円及び強制執行費用金七万円を弁済し、債権者倉智等はその余の債権を抛棄し執行債権は全部消滅したものであること、抗告人等はその弁済の証書である領収証二通を執行裁判所に、競落許可決定の確定前である昭和三六年八月一五日に提出したことは、領収証二通及び司法書士入江浩の証明書により明である。

二、抑も公正証書を債務名義とする強制競売の場合競売手続完了前に競売の基本である債権が弁済その他の事由により消滅したときは、爾後競売手続は続行することのできないものであつて、たとい競落許可決定が確定しても、競落人は競落により所有権を取得し得ないものであることは大審院の判例(大審院昭和一〇年(オ)第二九〇号昭和一一年七月一七日一民判決評論二五巻民訴四二九頁判決全集三輯八号三七頁)の示すところであり、有力な学者の主張するところである(判例民事法昭和三年度二七〇頁加藤正治博士判例批評)。殊に債務者が弁済証書を執行裁判所に提出したときは、強制執行は民事訴訟法第五五〇条第四により停止となり、続行してはならないものであることも大審院の判例の示すところである(大審院大正七年(ク)第八九号同年五月九日二民決定民録四輯九五六頁)。尤も大審院は確定判決に基づく強制執行にあつては競落許可決定が確定して競買人が代金を完納したときは、その前に判決の内容をなす債権が消滅した場合でも不動産の所有権は競落人に移転するものとして居る(昭和一三年四月六日民四判決昭和一二年(オ)第二二一九号民集一七巻七号六五五頁)が、判決手続により形成せられて結晶し既判力と執行力を有する確定判決の場合と、当事者の合意のみにより成立し執行力はあるが既判力を有しない公正証書の場合とは、区別して考うべきではないか、これが右二つの大審院の判例の相違する所以ではないかと思はれる。

大審院は抵当権の実行による競売の場合には、屡次の判例により、その基本債権が消滅したときは競落許可決定が確定しても、所有権は競落人に移らない旨を判示して居るが、之は抵当権の設定が、当事者の合意のみによりなされたもので、判決手続により形成せられず、従つて既判力も有しないからでありこの点に於て強制執行ではあつても公正証書による場合は、抵当権の実行による場合と同じ意味に於て確定判決の場合とは区別して考へる理由があると考へる。

問題は公正証書による強制執行の場合執行債権者に対する債務者の債務が、既に消滅して居るとき、債務者の財産権を尊重すべきか競買の申出をし之に対し競落許可決定が確定して代金を納入した競落人の地位を保護すべきかである。憲法第二九条は財産権尊重の大原則を明にして居る。強制競売にせよ、任意競売にせよその目的は執行債権の満足を得るにある。既にその債権が満足されその目的を達した以上競売を続行し債務者をして財産を失はしむるが如きは競売の制度の目的に反し且右の憲法の大原則に違背するものである。かく解すると折角競落の許可を受け代金の納入までした競落人に対し酷な結果を生ずるが、債務者は既に債務を弁済したのに拘らずその生活の基本たる財産を失うのに比ぶれば競落人は不動産入手の機会が得られなくなるに過ぎず、勿論納入代金は還附せられるのであるから寧ろ憲法の大原則に従つて債務者を保護すべきではなかろうかと考へる。

三、次に民事訴訟法第六八六条の規定の解釈の問題である。同条は確定力ある判決による場合は別として、確定判決以外の債務名義による場合、任意競売の場合には、私法上の売買と同じ性質のものと看て、競売の基本である債権の存在を前提として不動産の所有権が移転することを規定したもので、既にその債権が消滅して居れば、売買も成立せず従つて所有権も移転しないものと解するのが正当ではないかと考へる。

してみると本件に於ては競落許可確定前に、執行債権が弁済等により消滅しその弁済証書がその確定前に執行裁判所に提出されて居る以上本件強制執行は爾後続行すべからざるものであり本件不動産の所有権は競落人である相手方には移転しないものであるに拘らず、原決定が「不動産強制競売において競落許可決定が確定し競落人が競落代金を完納したときは、たとい競落許可決定の確定前に債務が消滅していても、競落人は競落物件が本来債務者の所有でなかつた等の特段の事由の存しない限り競落物件の所有権を確定的に取得しその引渡命令を求めうるもの」と判示して居るのは法の解釈を誤つたものというべく、原決定竝に本件不動産の引渡命令は之を取消し、相手方の引渡命令の申立は却下さるべきものと思料するので本抗告に及ぶ次第である。

と主張する。

(二)一、記録によれば、債権者倉智等は債務者である抗告人ら先代森脇美嘉(抗告人らはその相続人である)を相手とし、同人所有の原決定末尾目録の不動産に対し、執行証書を債務名義として強制競売を申し立てたところ、昭和三六年八月八日福岡地方裁判所は相手方有限会社丸は産業に競落許可決定をなしたこと、同決定の確定前の同月一五日抗告人らは、執行債権者が元利合計金二六〇万円、執行費金七万円計二六七万円の弁済を受け、その余の債務を免除したので執行債権は全部消滅したとし、そのことを証する弁済証書を即日執行裁判所に提出したことが認められる。

二、ところで、執行証書を債務名義とする不動産強制競売の場合においても、判決を債務名義とする場合とひとしく、競売手続の進行中に執行債権が弁済その他の事由によつて消滅し、かつその旨の弁済証書が競落許可決定後に執行裁判所に提出されたとしても、そのことは、該決定をそ及的に違法とする効力を有しない点において民事訴訟法第六七二条第一号後段、第六七四条第二項但し書前段、第六八一条第二項の「強制執行を続行すべからざるとき」というのに当らないので、競落許可決定は取り消すべきでなく、同決定が確定し競落人が競落代金を完納した以上、競落人は競落不動産の所有権を取得し、同法第六八七条に従い競落不動産の引渡命令を求めうるのである。これに反する論旨援用の昭和一一年七月一七日の大審院判決の見解は採用しない。かように解しても憲法第二九条の財産権尊重の精神に反するものではなく、また、民事訴訟法第六八六条の規定は、以上の解釈の妨げとなるものではない。

三、民事訴訟法第五五〇条第五五一条が、弁済証書が執行裁判所に提出されたときは、執行処分を一時保持すべきことを規定する理由は、債務者が遅滞なく請求異議の訴を提起して、執行不許の執行力ある判決の正本、執行処分の取消決定または執行停止決定正本の提出あるまでの相当の期間だけ、一時執行を停止するにあるので、抗告人らとしては、遅滞なく債権者を被告として請求異議の訴を提起して右の正本(もしくはこれに準ずる和解、調停、認諾等の正本)を執行裁判所に提出して相当の手続を採るべきであつたのに、かかる手続を採ることなく、数ケ月を経過した以上、競落許可決定は確定したものというべきであり、かつ競落人が競落代金を完納したことは記録上明らかであるので、原審が本件不動産引渡命令を発したのは、もとよりそのところである。そして、競落不動産引渡命令に対する異議ないし抗告は、競落許可決定の有効に確定したときは、これを前提として引渡命令を発すべきでない事実を主張して争うべきであり、確定した競落許可決定によつては競落人が所有権を取得しないことを理由とする場合は、不動産引渡命令に対し第三者異議の訴によつて争うべきであるから、この点からするも所論は採用のかぎりでない。要するに論旨はすべて理由がないので、主文のとおり決定する。

(裁判官 秦亘 中池利男 高石博良)

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